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名古屋地方裁判所 平成元年(ワ)3329号 判決 1990年7月20日

原告

和田信雄

ほか一名

被告

坪井忠明

ほか一名

主文

一  被告らは各自、各原告に対し、各金四八六万六六五三円及び右各金員に対する昭和六三年八月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自、各原告に対し、各一四七六万六二一八円及び右各金員に対する昭和六三年八月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生(以下「本件事故」という。)

(一) 日時 昭和六三年八月一七日午前四時二五分頃

(二) 場所 愛知県海部郡飛島村木場一丁目二四番地先国道三〇二号線

(三) 加害車両 被告坪井忠明(以下「被告忠明」という。)運転の普通乗用自動車

(四) 態様 被告忠明は、前記日時・場所において加害車両を時速六〇キロメートルで運転走行中、助手席に同乗していた訴外和田純子(以下「訴外純子」という。)が助手席ドアから頭を出して風に当たつて楽しんでいるのを見て、自らも上半身を車両から乗り出して運転をしたため、ハンドル操作を過つて加害車両を左前方に暴走させ歩道の縁石に乗り上げ、更に加害車両の左側面を街路樹に激突させつつ暴走し、その衝撃で訴外純子をも街路樹に接触させて路上に転落させ、よつて、訴外純子に脳挫傷等の傷害を負わせ死亡するに至らせた。

2  責任原因

被告忠明は、本件事故現場付近を加害車両を運転して直進するに際し、両手でハンドルを固定し車両の安定した進路を確保する注意義務があるにもかかわらず、風を自らの身体に当てるため、まつすぐに伸ばした左手でハンドルを握り、右手をハンドルから離し、右脇下を運転席ドア上に乗せ、右足をアクセルから降ろし両足を揃えて床の上に乗せ、これを伸ばして腰を浮かせ上半身を車外に乗り出した不安定な状態で運転した過失が存するから、民法七〇九条により損害賠償責任を負う。また、被告坪井勝(以下「被告勝」という。)は加害車両の保有者としてこれを自己のために運行の用に供している者であるから、自動車損害賠償保障法第三条により損害賠償責任を負う。

3  訴外純子の損害

(一) 逸失利益 四四九二万九〇八〇円

訴外純子は、パチンコ店従業員として働き、月平均一八万八四七四円(事故前三か月の平均)の収入を得ていたものであり、これに賞与を年三か月として加算すると、訴外純子の年間収入は約二八〇万円となる。

訴外純子は、死亡時満二三歳であつたから、就労可能年数は四四年となり、これに対応するホフマン係数を二二・九二三、生活費控除を三〇パーセントとして訴外純子の逸失利益の現価を計算すると、次のとおり四四九二万九〇八〇円となる。

2,800,000×22.923×(1-0.3)=44,929,080

(二) 葬儀費 一〇〇万円

(三) 慰謝料 一八〇〇万円

(四) 好意同乗、過失相殺減額率 三〇パーセント

右記(一)ないし(三)の合計額は六三九二万九〇八〇円となるところ、事故発生に至る経緯及び事故態様を考慮して好意同乗及び過失相殺として合計三〇パーセントの減額をすると、四四七五万〇三五六円となる。

4  損害の填補 一七八一万七九二〇円

自賠責保険から受領した一七五一万七九二〇円と被告忠明から受領した三〇万円の合計額一七八一万七九二〇円を前記3(四)の損害額から控除すると、残額は二六九三万二四三六円となる。

5  原告らの相続

原告らは、訴外純子の父母であり、訴外純子の死亡により、訴外純子が被告らに対して有する損害賠償請求権の二分の一宛(一三四六万六二一八円)を相続により取得した。

6  弁護士費用 二六〇万円(各一三〇万円)

7  よつて、各原告は、被告らに対し、各一四七六万六二一八円及び右各金員に対する本件事故発生の日である昭和六三年八月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各自支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1(一)  請求原因1(一)ないし(三)の各事実は認める。

(二)  同1(四)のうち、訴外純子が助手席から頭を出していた点及び加害車両の左側面を街路樹に激突させた点は否認し、その余の事実を認める。

訴外純子の乗車姿勢は、いわゆるハコ乗りという危険な乗り方である。

2  同2は認める。

3(一)  同3(一)及び(二)はいずれも知らない。

なお、3(一)(逸失利益)における訴外純子の生活費控除は、独身であるから五〇パーセントとして計算すべきである。

(二)  同3(三)及び(四)はいずれも争う。

4  同4の事実のうち、損害の填補額は認め、その余は争う。

5  同5の事実は知らない。

6  同6の事実は知らない。

三  抗弁(好意同乗及び過失相殺)

訴外純子の好意同乗及び同人がいわゆるハコ乗りという危険な乗り方をしていた点を勘案すると、信義則及び過失相殺により、訴外純子及び原告らの損害は七〇パーセント以上は減額されるべきである。

四  抗弁に対する認否

訴外純子がいわゆるハコ乗りをしていたとの点は否認し、抗弁の主張は争う。減額の割合は前記のとおり三〇パーセントとすべきである。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)について

1  (一)ないし(三)の各事実は当事者間に争いがない。

2  そこで、本件事故の態様について検討する。

いずれも原本の存在、成立に争いのない甲第二、第三、第五号証、第六号証の一、二及び被告忠明本人尋問の結果を総合すれば、次の各事実が認められる。

本件事故現場は、片側三車線でアスフアルト舗装された平坦な見通しのよい直線道路である。被告忠明は、加害車両を時速約六〇キロメートルの速度で第一車線と第二車線にまたがつた状態で運転中、別紙図面<2>の地点で助手席に乗車していた訴外純子が「涼しい。」と言つているのを聞いたため、そのまま運転を継続しつつ視線を一瞬助手席の方へ向けると、訴外純子が助手席側の窓枠上部あたりにつかまり、上向きの姿勢で胸から上ぐらいの上半身を大きく車外に乗り出しているのが見えた。そこで、被告忠明は、別紙図面<3>地点付近において自分も風を体に当ててみたいと思い、左手でハンドルを握つてまつすぐその左手を伸ばし、右手をハンドルから離して右脇下を運転席ドアの上に乗せ、右足をアクセルから降ろし両足を揃えて床の上に乗せ、両足を伸ばして腰を浮かせた状態で胸から上の上半身を車外に乗り出して運転したところ、ハンドルを握り体を支えている左手が下がり、左にハンドルを切つた状態になり、加害車両が道路左端に寄つていくことに<4>の地点で気付き、ハンドルを右に切り返すために体の姿勢を元に戻したが間に合わず、<5>の地点で歩道縁石に乗り上げた。そのため、加害車両に激しい衝撃を受け、この衝撃で助手席窓の内張りにつかまり助手席窓から上半身を車外に乗り出していた訴外純子を走行中の加害車両から転落させ、よつて頭蓋骨骨折、脳挫傷の傷害を与え、死亡するに至らしめた。

3  なお、被告らは、訴外純子の乗車姿勢は単に上半身を窓から乗り出していたにとどまらず、窓枠に腰をかけて身体を車外に出すいわゆるハコ乗り乗車という危険な乗り方であると主張する。しかし、前認定のとおり、被告忠明が助手席に視線を向けたのは、時速六〇キロメートルで加害車両を運転中の一瞬にすぎず、訴外純子の乗車姿勢についての認識は必ずしも明確とはいえない。また、この点についての被告忠明の供述にも変遷がが認められるが、本訴における主尋問に対する応答は具体的で真実味が感じられ、訴外純子が窓から上半身を大きく乗り出していた限度ではこれを認めることができるが、さらに右認定を越えていわゆるハコ乗り乗車をしていたとまでは断じて難く、乙第四号証における被告忠明の供述を全面的に信用することはできず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない(刑事事件においては被告人に有利に、民事事件においては被害者に有利に事実認定が分かれることも、立証責任の分配が異なる場合にはありうるところである。)。

二  請求原因2(責任原因)については当事者間に争いはない。

三  請求原因3(訴外純子の損害)について

1  逸失利益 三四五〇万二四五二円

原本の存在、成立に争いのない甲第一号証及び弁論の全趣旨により原本の存在、真正な成立が認められる甲第八号証によれば、訴外純子は本件事故当時二三歳で、パチンコ店「ルート」の従業員として、事故前三か月は月平均一八万八四七三円の月収を得ていたものと認められる。

原告らは、訴外純子は右月収の他に年三か月分の賞与を得ている旨主張するので、この点について検討する。

弁論の全趣旨により原本の存在、真正な成立が認められる甲第九号証の一によれば、訴外純子は昭和六三年一月一日から八月一七日(本件事故は同日未明に発生しているので、実際は同月一六日)までに一五六万七八六五円の給料を得ていることが認められるので、これを七・五か月分としてみると月平均二〇万九〇四八円となる。したがつて、訴外純子が毎月の給料以外に若干の賞与を得ていたことは認められる。しかし、右金額に照らして、年三か月分の賞与を得ていたことまでの的確な証拠はない。

よつて、訴外純子の本件事故前の収入を月平均二〇万九〇四八円を基礎に計算し、就労可能年数四四年、生活費控除四〇パーセントとして、ホフマン式計算法により逸失利益を算出すれば(新ホフマン係数二二・九二三)、次のとおり三四五〇万二四五二円となる。

209,048×12×22,923×(1-0.4)=34,502,452

2  葬儀費 一〇〇万円

弁論の全趣旨によれば、本件事故により生じた葬儀費用のうち、本件事故と相当因果関係のある葬儀費用は一〇〇万円と認められる。

3  慰謝料

本件事故の態様、結果、訴外純子の職業、年齢、家族関係その他諸般の事情を考慮すると、慰謝料は一八〇〇万円が相当である。

4  合計 五三五〇万二四五二円

四  抗弁(好意同乗及び過失相殺)について

1  原本の存在、成立に争いのない甲第五号証及び被告忠明本人尋問の結果によれば、本件事故に至る経過として、次の事実を認めることができる。

(一)  訴外純子は、昭和六三年八月一六日午後一〇時頃、勤務先であるパチンコ店の勤務を終えた後、翌日がパチンコ店の定休日であつたことから「打ち上げ」の意味で、被告忠明を含む職場の仲間と共に車三台で食事に出かけた。

(二)  飲食店で一時間以上かけて食事をした後、被告忠明は、自分の車を運転して寮へ帰る途中で自宅に立ち寄り、自分の車から兄である被告勝の所有する普通乗用自動車(加害車両)に乗り換え、その助手席に訴外純子が同乗し、後部席に訴外原田直次(以下「訴外原田」という。)が同乗した。

(三)  被告忠明は、加害車両を運転し寮に到着したが、寮付近に停車し、訴外純子を含めた仲間と雑談しているうちに、三重県長島内にあるゲームセンターに行くことに話がまとまり、被告忠明は、加害車両に訴外純子及び訴外原田を乗せ、訴外日置正二郎運転の車と二台でゲームセンターへ出かけた。

(四)  ゲームセンターで夜食を食べた後、寮に再び帰る途中、愛知県弥富町内の二四時間レストランに立ち寄り、レストラン内で雑談中に、全員の同意で、名港西大橋の夜景を見に行くことになり、翌一七日午前四時少し過ぎにレストランを出て、被告忠明は、加害車両を運転し、その助手席に訴外純子が、後部席に訴外原田が同乗し、国道三〇二号を走行し、名港西大橋に向かう途中で本件事故が発生した。

2  以上のような経過から、訴外純子は被告忠明と仕事終了後六時間以上にわたつて行動を共にし、最終的には被告忠明を含む仕事仲間と話し合つた上で、全員の合意により夜景を見るためにドライブに出かけた事実が認められ、訴外純子も共同目的のもとに車によるドライブを楽しんでいたと認められるので、この点は好意同乗として信義則上損害の減額事由として考慮する。

3  また、前記認定の本件事故の態様に照らすと、訴外純子は、加害車両の助手席側窓から上半身を大きく乗り出すという危険な姿勢をとつていたため、衝撃で加害車両から転落したことが認められ、この点は過失として斟酌する。

4  そして、好意同乗及び過失相殺とも公平の見地からの減額事由であるので、本件事実関係の下では、両者を合わせて五割の減額をするのが相当である。したがつて、訴外純子の本件事故による損害は、前記五三五〇万二四五二円からその五割を減じた二六七五万一二二六円となる。

五  請求原因4(損害の填補一七八一万七九二〇円)については当事者間に争いがなく、訴外純子の損害賠償請求権の残金は、八九三万三三〇六円となる。

六  原本の存在、成立に争いのない甲第七号証によれば、原告らは、訴外純子の父母であり、訴外純子の死亡により、同人が被告らに対して有していた損害賠償請求権を各二分の一の割合(四四六万六六五三円)で相続取得した事実が認められる。

七  弁論の全趣旨によれば、原告らは、本訴の提起及び追行を弁護士である原告ら訴訟代理人に委任し、その費用及び報酬として相当額の支払を約したことが認められるところ、このうち本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、各原告につき各四〇万円と認めるのが相当である。したがつて、各原告の損害額の合計は各四八六万六六五三円となる。

八  結論

以上の次第で、原告らの本訴請求は、被告らに対し、右各四八六万六六五三円及び右各金員に対する本件事故発生の日である昭和六三年八月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各自支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条一項を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 芝田俊文)

別紙 <省略>

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